たまたま読んだヤクルト高津監督の本に書いてあった若手の育成論がおもしろくて他の監督経験者の本も読んでみることに。
すると意外にも自分の職場でも役に立ちそうな組織論・育成論が書かれていたので、何人かの本を読み比べてまとめてみました。
読む本はなるべく最近の情報が書かれているものがよかったので、5~10年以内に選手・監督経験がある人の著書を選びました。
- ヤクルトスワローズ 高津監督「二軍監督の仕事〜育てるためなら負けてもいい〜」
- 広島カープ 緒方監督「赤の継承」
- 読売ジャイアンツ 阿部2軍監督「阿部慎之助の野球道」
- DeNAベイスターズ ラミレス監督「CAHNGE!」
- 中日ドラゴンズ 落合監督「決断=実行」
- まとめ
ヤクルトスワローズ 高津監督「二軍監督の仕事〜育てるためなら負けてもいい〜」
書かれたのは2018年なので、まだ1軍監督就任前の内容。タイトルの通り2軍監督としての内容が中心。
どちらかというと組織論ではなく、自身の経験からくる若手育成論が中心なように感じました。
若手は監督やコーチに言われたことをやるのではなく、自分に必要な練習は何なのか考え実行することが大切。ということが繰り返し言われている。
よかったところ
実は、2018年からはヤクルトに最高のお手本がいた。青木宣親である。青木ほどの立場になれば、誰からも指示されることはない。青木はひとりで黙々と自分に必要なメニューをこなしていく。
2020年時点で日米通算打率.310の選手が自分に必要な練習を自分で考えて練習しているのだからたしかに説得力がすごい。
僕が後悔しているのは、とにかく「練習をこなさないと」という気持ちが支配していて、前向きな気持ちで練習していたとはいえなかったことだ。いまになってみると、本気でいっぱい投げていたら、もっとうまくなっていただろう。~中略~ 僕は監督になって、そうした自然な「欲」を引き出したい。そして選手たちから出てきた欲に応えなければいけないのが、監督・コーチの仕事だ。
青木選手のそうした姿を見ているからか、高津監督は若手が自主的に考え練習することを目指しているようでした。
広島カープ 緒方監督「赤の継承」
こちらは監督退任後に書かれた本。緒方監督の学生時代からカープ三連覇時代まで時系列に書かれている。
中心になっているのは三連覇時代の組織論で、特に2015年マエケンラストイヤーにクライマックスシリーズ出場を逃した経験から
2016年を迎えて自分の考えを具体的に言語化して選手に説明するようになった。という話がよかった。
よかったところ
監督1年目の私は「ここは自分だったら打つだろう」「自分だったらチームバッティングを意識するだろう」と、すっかり自分目線で見てしまい、具体的に指示を出すことをしなかった。〜中略〜 私は勝手に選手に想いを託し、「どうしてここで打てないんだ!」と勝手に憤っていた。
素人の自分から見ていると、プロ野球選手だから当然ケースごとに自分に求められる役割は頭に入っているものだと思っていたがそうでもないらしい。
ラミレス監督の本にも似たような話が出てくる。
「チャンスで打てない打者が悪い」「サイン通りに動いてくれない選手が悪い」と文句を言ってもはじまらない。それはシーズン前にチャンスを想定した打撃練習を行っていないからだし、サインを習得する練習を徹底しなかった私が悪い。
自分が当たり前と思っていることが他人に伝わってないことに気づき、自責できるところがすごい。
さらに、2015年監督に就任して最初の全体ミーティングで伝えた「勝つ。絶対に勝つ。何が何でも勝つ。」というメッセージが失敗に終わっていると認めているのがおもしろい。
この言葉がこれから取り組む野球について何も具体的に語ってないからである。
結果、2016年最初のミーティングでは勝ち方のビジョンを具体的に言葉と図で説明している紙を配ったらしい。
また1球ごとにベンチからサインを徹底するなど、監督の意図をどう選手に伝えるかの重要性が繰り返し書かれていた。
2021年のカープの試合を見ていても、キャッチャーがしょっちゅうベンチを確認していることからチームの文化として残っているように感じる。
また、チームスタッフに対して心理的安全性確保のための試みもしていたようだ。
だから私は監督室のドアを常に開放して、「私に何か言いたいことがある人はいつでも入ってきてくれ。思っていることがあったら何でも言ってくれ」と全員に伝えた。
選手指導に関しても気をつけているそうで
野村監督はそのあたりのことを反省し、2年目から選手指導はコーチに任せ、自身は口を挟まなくなった。
監督とコーチ、2方向から指導があると選手が混乱してしまうということを野村政権時代に学んで、基本的にコーチを通して指導をするように気をつけていたらしい。
読売ジャイアンツ 阿部2軍監督「阿部慎之助の野球道」
読売巨人軍 現2軍監督と楽天、巨人、西武、ヤクルトなど数多くの球団でコーチ経験のある橋上秀樹氏の対談形式で書かれている本。2020年9月出版と新しめ。
2019年シーズンまで現役選手だった目線から語るいまの若手選手が陥りがちな思考や行動などが語られていておもしろかった。
よかったところ
阿部 今のジャイアンツの若い選手を見ていると、一軍で活躍するための練習を積んでいるというよりも、「野球という授業を受けている」ようにしか見えないんですね。
選手は個人事業主であり、シビアな世界なので必死に練習しろということを言っている。球団公式のYouTubeで見る阿部監督のイメージそのままだった。
阿部 「なんで二軍に落ちてきたんだ?何が足りなかったんだ?」ということをストレートにヒアリングしてあげることが、まずは重要なんじゃないかと考えています。
とはいえ選手を突き放すのではなく、選手それぞれ違う必要なスキルを見つけるためのコミュニケーションは意識しているらしい。
阿部 監督だからといって、どんな場面でも僕がしゃしゃり出て教えようなどとは思っていません。それに各担当のコーチが選手にアドバイスしている言葉を聞いて、「そうか、そんなことばをかけてあげればいいのか」と学ぶことも多々あります。
教える側であっても学ぶ姿勢があることに感動するとともに、監督とコーチどちらが選手とコミュニケーションを取るべきか意識しているところが緒方監督との共通点。
阿部 それと、若手に浸透している「なんでもかんでもメジャーの言うことは正しい」という風潮は、あらためたほうがいいと僕は思うんです。
このように若手選手が無思考に他人のスタイルを真似してしまうことには警鐘を鳴らしている。
阿部 ソフトバンクの柳田が思い切りマン振りして(中略)「フライボール革命だ」などともてはやすマスコミの人もいるでしょう。たしかに、マン振りしてフェンスオーバーさせるバッティングフォームは、柳田にはあっているかもしれない。けれども、実際にはマン振りしても合わない選手のほうが多い。(中略)もちろん、一度くらい柳田のバッティングフォームを見よう見まねでトライしてみるのはいいんです。でも「自分には合わないな」と感じたときに、サッと切り替えて自分のスタイルをつくっていけるかどうかが、技術を習得していくうえで大事なことだと思うんです。
素人である自分から見るとかっこよく見えるギータのスイングは、どうやら若手選手からも魅力的に見えるらしい。
ここでも重ねて、真似するのはいいがそこに思考や理屈が伴っているかどうかが重要だと話している。
若手選手に自分なりに考えて練習する積極的な姿勢を求めている点では高津監督に近い思考なのかもしれない。
DeNAベイスターズ ラミレス監督「CAHNGE!」
とにかく準備をしろという話が書かれている。 ラミレス監督は現役時代から試合前の準備、打席に入る前の準備を徹底しており さらには自分のキャリアを考えて巨人との契約を切って他球団に出ていくといった、監督になるための準備までとにかく準備づくめ。
よかったところ
「Why?」が頭に浮かんでくるたびに、私はチームメイトの古田敦也さんや度会博文さん、真中満さんに質問を繰り返した。
「どうして、1回の攻撃からバントするんですか?」「なぜ、投手はあの場面で勝負してこないんですか?」
MLB経験もあるラミちゃん来日1年目は野球文化のあまりの違いに混乱の連続だったらしい。
私自身が野球に対する姿勢を変え、日本の野球の基本を理解できるように合わせていくしかないのだ。
よく助っ人外国人が活躍する条件に「日本の野球に対応できるか」という点が挙げられているのを見るが、ここに対応したのが大きなキーポイントだったと話している。
アメリカでは、ピッチャー主導で投げたい球を投げるのが常識となっている。だが、日本ではキャッチャーが主導権を握っているのだ。
古田からのアドバイスでこれに気づいてから、ピッチャーではなくまずキャッチャーの研究をするようになったらしい。
練習の前には必ずメンタルアプローチを行い、その日の試合に向けて自分なりのプランを組み立て、その上でフィジカルな練習をするのが重要なのだ。 ところがいくら説明しても、これをできない選手がいる。全体練習がはじまる直前にスタジアムにやってきて、急いでユニフォームに着替え(中略) こういう選手は、平気で「相手の先発は誰だっけ?」などと言ったりする。
日本の野球に適応するにあたって、相手の分析やそれを組み込んだルーティーンの構築をしていたラミレス監督からすると
試合に向けた準備を念入りに行わない選手には納得がいってないようだ。
さらに驚いたのは選手時代から、日本の球団で監督になるための準備をしていたことだった。
シーズンも残すところあと数ヶ月という時期、私は原監督から「話がある」と声を掛けられ、監督室に赴いた。 「ラミちゃん、これからは毎日打席に立ってもらえないよ。(中略)これからは代打での起用を増やさなくてはならない。心構えしておいてほしい」
なかなかドキッとする会議
「来シーズンの件ですが、契約延長のオファーをしないでいただけますか?新たな道を探りたいのです」(中略) 「ただ、これからもレギュラーとして毎日出場させてくれるチームでプレーしたいのです。それからその後、できれば監督を務めたいと考えています。残念ながら、ジャイアンツではそれらを実現できません。」
契約を自ら打ち切ってくれと打診する思い切った交渉。ただ監督になりたいという目標と、巨人の生え抜き監督の文化を考えると妥当。
「ちょうどこの頃、DeNAがTBSからベイスターズを買収し、横浜DeNAベイスターズとして再出発することが発表された。」(中略) 現役最後の数年をベイスターズでプレーさせてもらい、将来的にはベイスターズで監督を務めるというプランが私の中でイメージできたのである。
選手として移籍をする時点で、監督になるビジョンが見えてるのがすごい。
選手時代の打撃の準備だけにとどまらず自分の数年先のキャリアを見据えて "準備" をしていたのは正直かなり予想外で驚いた。
中日ドラゴンズ 落合監督「決断=実行」
監督就任時の組織の作り方、運用の仕方を中心に組織論が書かれていました。
今回読んだ5冊の中では圧倒的に自論が言語化されており詳細まで書かれていると感じました。
他の監督が自分の考えを100%書いてるかどうかは我々読者にはわかりませんが、その理路整然とした組織論には他の本とは一味違う説得力がありました。
また、驚くのが時々登場する野球オタクとしか言いようがない知識。
ペナントレース終了後に1軍選手が全員登録抹消されクライマックスシリーズ直前に再登録されるのは慣習か何かだと思っていたんですが、まさかこれがNPBのルールになっていてなおかつそのルールを作るきっかけになったのが落合監督の采配であることや
申告敬遠の登場によって投球数ゼロの負け投手が生まれる可能性があるという指摘は、NPBの野球規則を細かく把握した上で頭を働かせていないと思いつかないことだし
突然はじまる「2点リードの9回ノーアウト1,2塁」の場面で相手が送りバントをしてきた場合は、3塁フォースアウトではなく2塁に送球しダブルプレーを狙う場合がある。という話の最後に「国際試合の延長タイブレークを想定して提案している」と明かされた瞬間は読んでいてしびれた。
よかったところ
指導者にとって一番怖いのは、教える立場になったからといって、自分が何でも知っていると勘違いしてしまうことだ。(中略)プロで経験したことのない投手の分野に関しては、森繁和をはじめとする投手コーチに任せた。
緒方・阿部監督に続き落合監督も、選手に対して誰が指導するべきか。を気にしていた。
またこの話は「監督としてユニフォームを着る時に、肝に銘じたこと」として紹介されており、やはりどの監督も学び続ける姿勢については必ず重要な項目として著書で触れている。
どんな理由があってもコーチが選手に手を上げること(選手同士も)を厳禁とし、これを破った場合は理由の如何を問わず契約を解除するとした。
落合監督はルールや責任を明確にしていることが多いと、この本を読んでいると感じる。
鉄拳制裁の禁止は本の序盤に出てきて、かつ野球ファンにとっては身近な話題なので、その罰の厳しさもあいまってとても印象に残っている。
余談ですが緒方監督の本には野間を殴った時の話がちゃんと書かれていました。
たとえば、ファームで若手投手の育成がスムーズに運んでいないとする。(中略)ならば、投手コーチの責任者を中心に打つ手を考えて実行してくれれば、場合によっては、監督に報告するまでもないのかもしれない。(中略) むしろ小さな問題ならば当事者間で解決し、元通りの状態にもどしておくことが、きれいなピラミッド、すなわち強固なチームを築く大切な要素ではないか。
そんなルールや責任の話の中でも、この話に本当に感動した。図で解説されているが、自分も球団の組織というのは三層構造のピラミッドを想像していた。
ところが落合監督はそれをさらに分割して、小さい問題はより小さいピラミッド内で解決すればよい。と話している。
何から何まで監督が顔を突っ込んでいては解決できる問題の量も限られるし、関わる人の責任があいまいになる。
むしろ注意すべきは、この小さなピラミッド同士が互いに利害関係を持って対立し、組織の不和を生んでしまうことで
それを防ぐために各ピラミッドに動き方を指示するのがトップの仕事になる。と明言している。こうやって各担当の責任を明確にして権限を委譲してくれる上司であれば現場の人間を働きやすいなと思う。
まとめ
5冊の本を読み比べてみましたが、組織論・育成論に関しては似た内容を書いた本も多かったです。
1番驚いたのは落合監督の組織論が圧倒的に成熟しているように思えたこと。
内容の具体性、裏付けとなる考え、現場への伝え方などこれを監督1周目でやれてしまうのは相当すごいと感じました。
また次点で緒方監督の就任2年目のミーティングで紙を配ったメッセージングをしたこと(監督のビジョンの言語化)
そしてラミレス監督が現役時代から監督になるという目標達成のために準備をしていたこと。
緒方監督のメッセージングは落合監督の組織論にも似たものがあるが、1年目の失敗を反省しすぐ2年目にガラッと行動を変えられている点がすごい。
ラミレス監督の監督になるための準備の話はNPBでも事例がなく到底無理に見える目標に一歩ずつ近づく行動が起こせており「すげ〜〜〜〜」以外の感想が出てこなかった。
ここに出てくる5名の監督は、現役時代に歴史に残る好成績を残したレジェンド選手ばかりで
裏を返せば選手時代の成功体験から自分の能力に大なり小なり自信を持っているはずなのに、監督という立場になってからも必死に考え、自らを変える行動が起こせており
こういう姿勢はどんな業界、立場になっても必ず必要なものなんだなと再認識させられました。